コヴァチ墓地/Kovači Cemetery


2023年7月某日、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボにあるコヴァチ墓地を訪れた。サラエボの観光名所であるバシュチャルシヤから徒歩5分くらいの場所に位置するコヴァチ墓地は1990年代に起きたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で亡くなった主に兵士たちが眠る場所である。今回、ひと月ほどサラエボに滞在する機会があったので、訪れた次第である。

こちらがコヴァチ墓地の入り口のようす。
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かなり落ち着いた趣きである。15世紀頃には墓地として存在しており、オーストリア=ハンガリー帝国時代には公園として使われていたようだ。そしてまた1990年代に起きたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で墓地として使われるようになった。墓地をブログで紹介してよいか難しいところだが、コヴァチ墓地はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の悲惨さを伝える場所として、観光客なども多く訪れる。私も今回の滞在で可能な限り、紛争の歴史を学びたくサラエボに来た経緯があるため、記事とすることを決めた。

ちなみにカメラ撮影も特に禁止されているようではないが、十分に配慮して撮影したい。
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こちらがコヴァチ墓地のようす。
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小高い丘に沿うように白い石柱のような墓石が並ぶ。ボスニア・ヘルツェゴビナはヨーロッパに位置する国ではあるが、イスラム教の教えが深く、街ではヒジャーブに身を包んだ女性を多く見る。このコヴァチ墓地もムスリムの方たちが眠る場所のようだ。

日本では墓地は街の外れの静かな場所にあることが多いが、イスラム教の墓地はコヴァチ墓地のように街の近くや中心に作られることが多い。
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またコヴァチ墓地の印象としては、とても綺麗に整備されていることだ。ボスニア・ヘルツェゴビナは決して豊かな国という印象はなく、街の至る所に紛争当時の爪痕などが残っている。国によっては墓地の整備が追い付かず、墓石に大きなダメージを受けているケースもあるが、コヴァチ墓地は無関係のようだ。

園内の歩道には綺麗なバラが咲いていた。
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この日は平日であったが、私以外にも何人かの観光客がいた。やはりサラエボに訪れる方の中にはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の歴史を学ぶ方も多いようだ。その点、コヴァチ墓地はとても重要な場所である。

さきにも紹介したが、このコヴァチ墓地に眠る方の多くはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で起きたサラエヴォ包囲で亡くなった兵士たちである。サラエヴォ包囲では多くの市民が犠牲となったが、その中で多くの兵士たちが彼らを守るために戦っていた。
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墓石に刻まれた彼らの氏名と享年。私と同じくらいの歳の方が多く、1990年代初頭に亡くなっていた。これほど同じ年代に亡くなった方が集まる墓地に来たのは初めてかもしれない。それがこの丘にある全ての墓石と同じ数の分の被害者がいたと考えるだけでも紛争の恐ろしさを十二分に感じることができた。

墓地の奥に進むと大きさなドーム型の建造物があった。
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こちらはボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の初代大統領アリヤ・イゼトベゴヴィッチ氏のお墓である。彼はボスニアを独立に導いた英雄の様な政治家であるが、2006年に彼のお墓は何者かによって爆発された。

ボスニア・ヘルツェゴビナは独立を反対したセルビア系の方が多く住んでいるのも、また事実。難しいことである。
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私は1時間ほど滞在し、コヴァチ墓地を後にした。今回、サラエボの滞在において紛争の歴史を学ぶ機会が多くあったが、この墓地もまたその被害を感じさせる大切な場所であった。自分なりにその歴史を調べたり、現地に行くことでより興味を持つことができ、とても有意義な時間を過ごすことができた。

おわり。
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Kovači Cemetery

The cemetery where heroes are buried in Sarajevo. Although they died in the conflict, respect for them can be seen in the beautifully maintained cemeteries.

Location: Sarajevo Bosnia and Herzegovina
Shooting date: 7/2023
category: Cemetery & Funeral
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